動体証明からゴク私的ダンスへ  ──深谷正子×佐藤ペチカ<GUU・偶・シリーズ>vol.10『蟻と太陽と私』(観劇日:2017年12月26日)(評:北里義之)

(撮影:宮川健二)

 アートスペース.kitenのスタートを記念する企画のひとつとして、2013年から翌年にかけて集中的におこなわれた深谷正子と佐藤ペチカの<GUU・偶・シリーズ>は、会場の狭さを逆手にとり、この場所でしか可能にならない身体表現を構想し、月例パフォーマンスによってその可能性を模索していく試みだったが、シリーズが進むにしたがって観客の視線の近さからくる閉塞感に精神的ないきづまりをきたし、一年で中断することとなった。『蟻と太陽と私』は、封印されたこのシリーズを、3年ぶりに解き放つ公演だった。彩の国さいたま芸術劇場で公演された川口隆夫『大野一雄について』を観劇した帰途、踊り手ふたりと.kitenの主宰者である奥野博の間で急所決定された公演。それは偶然に起こったものではなく、やはり「時熟」というようなもの、身体が持ち運んでいる時間がおのずから満ちて開かれたものというべきだろう。再開公演の実現を可能にしたこの3年間における踊り手の変化を、深谷自身の言葉によって、「動体証明からゴク私的ダンスへ」ということができる。それはおそらく振付家としての深谷正子が構想した新たな身体表現のヴィジョンを、踊り手としての深谷正子が受容していく年月だったのではないかと思う。このような身体の旅を実現するために、佐藤ペチカの存在は欠くべからざるものだった。

 

「はい、おくしゅり。わすれないで。おだいじに。」などといいながら延々と一人遊びする子どもの声に軽快な音楽を重ねた音響(サエグサユキオ)が流れるなか、あざやかなグリーンの短パン上下に白のブラウスを羽織るように着たふたりの踊り手がならびたつ。顔の向きだけを動かしてしばしの静止。踊るというより、もじもじと動きだすといった感じのふたりは、相方に肩をつけたりブラウスの端をつかんだりして、身体の一部を離さないようにしながら密着ダンスを展開していった。本シリーズで深谷がコンタクトを試みるのは初めてとのこと。そもそも通常のダンス・セッションにおいて深谷はコンタクトを極端に嫌う。共演者が近づけば逃げ出すほどである。これは<GUU・偶・シリーズ>の佐藤ペチカという枠組みがあってこそ実現したコンタクトダンスなのである。

 

共演者に身体の一部を密着させながら周囲を回ったり、背中と背中をぴったりと合わせて相手に乗りかかっていったり、プロレスの四の字固めを思わせる格好で床に寝て足をとったりするコンタクトの様子は、深谷が空手チョップでペチカの背中や足の裏を弱々しくたたいていたせいもあり、終始プロレスめいた雰囲気を漂わるコミカルなものだった。デュオが格闘する様子は、ダンスの犬 ALL IS FULL 公演『落下する意志あるいは水』(2017年5月、高田馬場プロト・シアター)で、ペチカが3脚の椅子と格闘して組み伏せた荒技に直結している。唯一の舞台装置といえるのが、下手に寄せて敷かれた水色と白のストライプ模様のマットとそれに盛られた一山の砂である。公演の最後の場面は、このマットをふたりの間に引き寄せ、ペチカが立てた左足の膝をおおうサポーターの部分に、深谷が右の足裏をつける格好ですわる姿勢をとりながら、ふたりして周囲から砂山をかき崩していくものだった。砂のなかから凝固した砂の塊を掘り出すとふたりは立ちあがり、公演冒頭に戻って、下手の深谷がペチカの右腕をとる形でならびたつところで終演となった。

 

アートスペース.kitenは、パフォーマンス・スペースとしては極小の空間といってよく、その狭さが踊り手に様々な制限を課してくる。暗闇を作ったり、照明を工夫したりすることで観客の想像力をかき立てる方法もあるわけだが、<GUU・偶・シリーズ>は、そうした演出を排除して、場所の身体性をむき出しにするようなダンスを構想したといえるだろう。動きや身ぶりの形を超えて観客の視線を誘発してくる身体をまるごと提示することで、その生理までをもリアルに感じ取らせるダンス。のちに深谷自身によって「ゴク私的ソロダンス」と命名されることになる方向が、それとは知られずに模索されていたといえる。日常的なしぐさをダンスに取り入れるポストモダンダンス的なタスクとは違って、ダンスという場そのものを動かすため、自立する踊り手として蓄積してきたはずのダンスの文法を、これまでとは逆に、ひとつずつはずしていくような作業。その結果、どこへおもむくことになるのかはわからない終着点に、Xとしての身体を置くこと。こんなふうに無条件に身体を信じられるのは、女性ならではの特権だろう。動きの細部が際立つ環境のなかで、ふたつの身体の間で、触れる/触れられる、引く/引かれる、押す/押される、乗る/乗られるといった動作が瞬時に反転していくありさまをつぶさに見せながら、それが踊り手の体力がつづくかぎりどこまでもつづいていくダンス・パフォーマンス。3年ぶりにおこなわれた<GUU・偶シリーズ>の『蟻と太陽と私』は、まさしく「ゴク私的ダンス」のデュオ・バージョンとなっていた。■

(2018年1月2日 記)

 

 

【補註】これまでにおこなわれた「GUU・偶シリーズ」のうち、第3回『スネの傷をめぐる2つのソロ』(公演日:2013年8月19日)、第5回『くだをまく』(2013年10月29日)、第6回『くだをまく』(2013年11月17日)については、宮田徹也氏による公演評が「批評アーカイブ」に再録され概要を知ることができます。

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