『Lonely Woman~~オーネット・コールマンに捧ぐ夕べ』に寄せて(川津望)

7月30日の日曜日、浅原ガンジーはどこか晴れ晴れとした表情で座り、サックスの歌口を爪ではじいた。この日、アートスペース.kitenで彼の吹き鳴らすアルト・サックスの音すべてに血がにじんでいた。フーゲツのJUNが上体を反らしながら唸る彼の詩、「淋しい女(LONELY WOMAN)」。JUNは声をふるわせたい時にふるわせる、歌いたいときには歌う。ピカソの愛人ドラ・マールの指と指のあいだにナイフのスピードが刻まれていたように、どこかで失って来たものを表現の魅力に変えてゆくのだ。ガンジーのアルトや持ちかえたクラリネットの音、JUNの声にはピカソが言う「深い現実」を通ってきた作ることのできない色彩が宿る。「色彩についての、唯一の抽象的イメージというものは存在しない(※1)。」空間や音、記憶、声、身体に利用されたくない、またそれらを利用したくない。だからこそ“Lonely Woman”はなにもしない。ただ泣くところから来て、泣かれるところへ行く、そのことをのぞいては。

 

客は一言も口をひらかなかった。フーテン族のいた新宿のジャズ喫茶、現在はアルタになってしまった二幸裏手のビルにあった「DIG」……東口駅前、富士銀行先の地下の店「びざーる」でかつてガンジーは働いていた(編註1)。「通っていたが、当時はガンジーと出会っていない。」.kitenの交流会でそうJUNは私に話してくれた。90年代の終わり、JUNのホームページ、そのBBSにガンジーが突如書き込んだ。「会ってみようよ。」それ以来の付き合いだと言う。今回の“Lonely Woman”も何度かガンジーとやっているんだ、JUNは人懐こい微笑を浮かべた。タイミングはオーネット・コールマンの命日、6月11日。一気に企画は持ちあがった。ただガンジーの体調が悪くなりはじめてね。JUNは自分で紙コップにビールを注ぎながらさみしそうに目を細めた。なに、本人は「生前葬」なんて言うのだけれどね。

 

「淋しい女(LONELY WOMAN)」中盤で、実験躰 ムダイの白い足が白い袋を突き破った。彼女はオーネット・コールマンへの追悼とリスペクトの気持ち、言語化できないなにかを身体表現に託した。JUNが「哭きおんな~ジョローナ」のポエトリー・リーディングへ入ると、それまで肉体の内から外へ絞りだすかのようなダンスで観客の視線を一手に引き受けていたムダイの身ぶりに変化があらわれた。「情動的に合っている」と自傷行為、職業行為、自分自身への追悼の思いは重ねられる。次第に麻痺してくる「哭き女」の行為を、ムダイは彼女独自の喪の色で染めあげたのだった。白人とは決して交わってはいけないと教えられていた先住民の女性が白人男性と恋仲になり、子どもを産む。恋人が国へ戻ることで置き去りにされた母子。子どもは白人の血を引いていることを理由に川に捨てられ殺されてしまう。そんな「泣き女(ラ・ジョローナ)」伝説だが、ムダイは同じ動きを繰りかえすことで追悼を生誕のことほぎへ裏がえしたのだ。古沢コラボレーションシリーズⅢで町田藻映子の使ったカスミソウがムダイに渡り、ときに踏まれ、赤い紐で引きずられ、弔いの花となって.kitenに咲いた。徒花は実を結ばなくとも散り際までかがやく。それが恋人の腕のなかであっても、あの頃の新宿東口駅前広場であっても、オーネット・コールマンが来日したあの日のサンケイホール、最前列の中央であってもだ。

 

公演のラストを飾った「ある愛のうた」では、鯨たちが海面に愛の絵を描く様子の目に浮かぶようなリーディングと即興。カーブド・ソプラノ・サックスの新たな波も加わって、フーゲツのJUNとガンジー、そしてこの作品にはヴォイス・パフォーマンスで参加の実験躰 ムダイは生まれてくる音をそれぞれ讃えながら荒れた夕べの海を泳ぎきった。

 

「生前葬が済んだのでこれから、大手を振って生きていける。」ガンジーが私のフェイスブックの投稿に書き込んでくれた言葉だ。彼は泣かれるところへ行くよりも、泣かせる音を紡ぐ表現者である。“Lonely Woman”の泣く理由を知っていながら、そのことについて言葉では絶対に人に告げない浅原ガンジー。ならばそのアルト・サックスでこれからも、現代のドラ・マールを「どちらかに決めるつもりはない。闘え(※2)。」以外の熱情で包みこんでもらいたい。

 

 

(※1)武満徹著『音、沈黙と測りあえるほどに』(新潮社)p.136から

(※2)パブロ・ピカソが彼のアトリエでドラ・マールとマリー・テレーズへ言い放った言葉。

(編註1)かつての新宿界隈のジャズ喫茶等々の状況についてはこの記事に詳しい。(編註2)またドラ・マールに関する記述の根拠となったのはこの記事とのこと。いずれも川津望よりの情報提供。

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